希土類金属の実験



  (1) 希土類元素とその色:


  希土類元素(レア・アース)は、”稀(まれ)な土類金属元素(Al、Ga、Inなど)”ではなく、結構な量が地殻や宇宙に広く分布している。(宇宙存在度(スペクトル観測からの予測値)では、Sr:23.5、Ba:4.49、Rb:7.09、Cs:0.372 だから、これらに匹敵する。また、地殻における存在度では、最も少ないTm(ツリウム)でさえ0.2ppmで、ビスマスと同程度であり、金、白金の0.005ppmよりもはるかに多い。
  希土類元素の資源は今後1200年は採掘できるといわれるほど多いが、イオンの外殻電子が同じ構造のため、似たような化学的性質(価数は主に+3価で、アルカリ土類金属(Mg、Caなど)に近い性質)を持つので、相互の分離・精製が非常に難しく、純品が kg単位やトン単位で生産されるようになったのは、”溶媒抽出法(*)”が確立した戦後(1960年代以降)のことである。

    * 抽出剤として di(2-エチルヘキシル)燐酸(D2EHPA)、燐酸トリブチル(TBP)、2-エチルヘキシル燐酸-モノ2-エチルヘキシルエステル(EHEHPA)などを溶かし込んだケロシンやn-ヘプタンを用いて、希土類を溶かし込んだ水溶液層と振とうすると、重希土ほど錯体の安定度が高いのでこの溶媒側に抽出される。”向流多段装置”によって連続的に数十段抽出操作を行なう。

  希土類元素は原子番号が大きくなるに従って、通常の元素とは異なる電子の詰まり方がなされる。57番(ランタン)〜71番(ルテチウム)の一連の元素群(ランタノイド)の、外殻の電子の個数が変わらず、内側の 4f 軌道の電子が 0個〜14個まで一つずつ増えていく。これに従って、密度、イオン半径、融点などが変化し、重希土ほど収縮していく。(ランタノイド収縮) この 4f 軌道電子こそが、希土類元素の性質を特徴付ける原因である。(* Pmは放射性でデータが少ない)

  ランタノイドの+3価イオンは、5s2、5p6 の軌道が満杯で、その内側の4f 軌道電子が原子番号に従って一つずつ増えていく。従って、希土類特有のきわめて有用な色や蛍光、磁気的、電気的、光学的な性質は、この4f 軌道電子の振る舞いが、5s2、5p6 の外殻電子によって守られ、外部との結合具合にほとんど影響されないことによって発現される
  したがって、非常に鋭い蛍光スペクトルをもつ蛍光体(TV、CRT、X線、蛍光灯用)やこれを利用したNd-YAGレーザー、無機物と同様に発光する有機錯体の蛍光体、磁気モーメントが打ち消し合わないで結晶構造に固定されることによる強力な サマコバ、ネオジム磁石、光磁気記録媒体として、また、低損失の光ファイバー、透明強磁性体のアイソレーター(YIG、GGG)、電歪素子などの現代のさまざまなハイテク機器に用いられている。
  また、4f 軌道電子に関係ないが、酸化物高温超伝導体(Y、La)、高屈折率・高分散の光学ガラス(La)、鉄鋼精錬の添加剤(ミッシュメタル)、医薬品など、さまざまな用途がある。



  ・ 希土類金属は無水塩化物を溶融電解して作られる。 金属は長い間空気中に放置しておくと表面が酸化する。また希土類金属、酸化物、炭酸塩は、塩酸などの鉱酸に容易に溶け、それぞれの塩の溶液となる。 他の希土類が分離されていないセリウム(ランタンなどの不純物を多く含む)は”ミッシュメタル”と呼ばれ、鉄との合金(Ceなど:80%、Fe20%)として、ライターの発火石に用いられる。またランタンやセリウムの酸化物(La2O3、CeO2)は融点が高く、炎で熱すると白熱しその光輝が強いことから、トリウムの酸化物(ThO2)と混ぜて街路照明用のガスマントルとして用いられた。 セリウムの酸化物(セリア、CeO2)は、ガラスの研磨剤として用いられる。

  ・ 単体金属の色はすべて銀白色であるが、イオンとなると着色するものが多い。この色は、4f 軌道の不対電子の個数と密接な関係にある。(たとえば、Er+3: ↑↓、↑↓、↑↓、↑↓、↑ 、↑ 、↑  で、不対電子は3個であり、同じ3個の Nd+3と同系統の色(ピンク〜紫)。 エルビウムイオンは同じ軌道内の対電子により遮蔽され、同じ濃度のネオジムイオン水溶液よりも色が曇っている。 ツリウム(Tm+3)はさらに薄い緑。 不対電子は Gdの7個が最大)

  ・ 希土類元素のイオンは、主に+3価の価数をもつ。(* ただし、Ceは3価と4価、Euは2価と3価をもつ。酸化物はもっと複雑で、R2O3 の基本形の他に、CeO2(薄い橙)、Pr6O11(黒)、Tb4O7(褐色)、アクチノイドのウランも UO2、U3O8) 希土類イオンの色は、銅や鉄などの他の遷移元素のイオンの色と異なり、普通の写真で撮ると色合いが目視と異なって写ることが多い。 ネオジムイオンは、太陽光と電灯光では赤紫、蛍光灯では青色に見える。(”ネオジムガラス”も同じ) また、ユーロピウム塩は無色であるが、紫外線が混じると蛍光のため赤味を帯びる。ユーロピウム、テルビウムなどは、他の希土類酸化物やリン酸塩などにドーピングされ、TV、CRT、蛍光灯、薄膜ELなどの蛍光体として用いられる。 酸化プラセオジムは釉薬(プラセオジム黄: ジルコン: ZrSiO4 の Zr を Pr4+で一部置換したもの)に用いられる。

 






  (2) 希土類の蛍光体:


  4f 軌道電子は外部の影響を受けにくいので、 4f - 4f 遷移をする Pr3+Nd3+、Sm3+Eu3+、Gd3+Tb3+、Dy3+、Ho3+、Er3+、Tm3+、Yb3+ は、スペクトルが鋭いピークの蛍光を発する。 これは、Nd-YAGレーザー、TV・CRTのブラウン管、高演色性の蛍光ランプ、EL発光体などに用いられる。 一方、 4f - 5d 遷移をする Ce3+、Eu2+、Yb2+ では、より幅広いスペクトルを与える。(↓ 表)

  ・ 塩化ユーロピウムのビンに直接、近紫外線 LED(λ≒400nm)の光を当てると、Eu3+特有の赤色の蛍光(λ=615nm)を発する。(→)


  ドーピングする母結晶は、イオン半径が同じ程度で吸収帯がイオンの励起状態よりも高いという関係を満たす。この母結晶にドーピングされた希土類イオンの蛍光は、
  @ よりエネルギーの高い(波長の短い)光によって、母結晶に吸収されたエネルギーが、A 希土類の発光イオンに伝わり、イオンが高いエネルギー順位に励起され、B 発光順位に達してから、C 基底状態に落ちる時に、その特有の波長の光を放出することによって起こる。 蛍光物質は、(↓ 左図))の h が大きいので、熱・格子振動による損失分が小さく、発光効率が高い。( cf. h が小さい一般の物質では、励起状態と基底状態の交点Sを通って、すべて熱・振動としてエネルギーを失ってしまう。)

  * 代表的な固体レーザーの Nd-YAG(Y3Al5O11:Nd3+)レーザーは、4準位レーザーで、レーザー遷移準位の終準位が、3準位レーザー(ルビー・レーザーなど)よりも高い位置にあるため、弱い励起で”反転分布”(=基底電子よりも励起電子の数のほう多い状態で、コヒーレントな発振に必要)を形成でき、連続発振も容易である。ただし、他のイオンが混在することによるゆらぎによる誘導放出の影響を避けるため、レーザー用母結晶の材料には高純度(7N)が要求される。(↓ 右図)

 

  ・ 蛍光体の合成実験:  通常は、イットリウム塩に沈殿剤として蓚酸 (COOH)2 を用い、蓚酸塩として沈殿させ(希土類塩は 5%までの塩酸酸性でも、定量分析ができるほど完全に沈殿する。これは、希土類金属と他のアルカリ土類金属などとの分離に用いられる)、これを濾過、加熱して酸化物にしてから、融剤として1%程度のホウ酸バリウムを混合して1200℃×40hrほど強熱して結晶粒を5〜6μmに成長させて作製する。融剤が無いと1400℃でも焼成が完了しない。
  ここでは、硝酸イットリウム(Y(NO3)3・6H2O、99.9%(=3N))に、その(金属換算で)5〜6%の塩化ユーロピウム(EuCl3・6H2O、99.9%)を加え純水(脱イオン水)に溶かし、アンモニア水で水酸化物として共沈させる。沈殿した水酸化物は非常に細かく、ゲル状になっているので、濾過・洗浄はしにくいが、焼成はしやすい。沈殿は純水で1回で洗う。(残っているアンモニアなどは焼成によって揮散する) 焼成の際、融剤は添加せず、そのまま 断熱性の良いアルミナセラミック・シート上に塗って、ハンドバーナーの最強火力で焼くと、蛍光体が短時間で焼成できる。 ( 注) 試薬には高純度品を用いるべきであり、燐酸ランタン作成用の塩化ランタンに95%品を用いた時は光らなかった) この蛍光体は母結晶中にドーピングされていて、母結晶(Y2O3)をまず励起する必要があるので、近紫外線(紫外線LED(400nm)やブラックライト)では全く光らず、λ=253.7nmの殺菌灯の紫外線による励起で明るい赤色の蛍光を発する。

  



  (3) 希土類の磁性:


  希土類の磁性も、この4f 軌道電子が重要な役割を果たしている。 永久磁石の性能は、B−H曲線上でのBとHの積の最大値((BH)max)で決まる。強い磁石を作るためには、残留磁束密度 Br(磁場を取り去ったときに残る自発磁場)だけでなく、保磁力 Hc(逆向きの磁場に対する抵抗力)もバランスよく上げなければならない。 3d元素の磁性の担い手は3d電子であり、最外殻なのでほとんど軌道運動は失われてしまう。一方、希土類では、外部の影響を受けない 内側の4f 電子が、結晶の中で最もエネルギーが小さくなるように方向が固定される。したがって、3d元素(鉄やコバルトなど)との合金の場合、まず希土類原子の磁気モーメントが固定され、次に、交換相互作用によって結び付けられている3d遷移元素のモーメントの向きも固定され、結局、結晶全体の磁化の向きが強力な”一軸異方性”を発現するように固定される。サマコバ、ネオジム磁石では、この保磁力 Hcが格段に大きいので、高い(BH)max が実現する。
  また、希土類磁石では、結晶粒内で磁壁移動しやすく 磁化反転が容易に起こるので、微細な粉末を焼結する方法(粉末冶金)が採られている。磁石用の希土類の純度は、以上の理由により、95%以上であれば良い。

  ネオジム磁石は、温度が上昇するにつれ Br、Hc共急速に低下する欠点がある(Tc(キュリー温度)310℃、ただし実用耐熱温度は約80℃))ので、小型・精密機械などの使用分野によっては高温に強いサマコバが併用されている。 ネオジム磁石はネオジムの一部をジスプロシウム(Dy)で置換することにより高温で使用可能(1%添加で15℃改善)となり、ハイブリッドカーなどで多量に用いられている。(* ただし、希土類、特にこのジスプロシウムは産出が偏っている(中国・内モンゴルの風化花崗岩)ので、日本は安定確保のためカザフスタン、ベトナムなどの共同開発を進めている。) また、ネオジム磁石は錆びやすいのでニッケルなどのめっきが施されて用いられている。

  ・ 水に浮かべた1円玉にネオジム磁石を近づけると、アルミニウムは反磁性なので反発して離れていく。 ガドリニウムやテルビウムはキュリー温度Tcが低いにもかかわらず、ネオジム磁石のような強力な磁石を近づけると磁化して常温でも吸い付く。温度を上げるとポロリと落ちる。

  ・ キュリー温度 Tc(強磁性転移温度 T)の測定: (弱磁場で)温度が上昇して磁性を失う温度は キュリー温度(Tc)と呼ばれ、単体金属のガドリニウム(Gd)では15℃、テルビウム(Tb)では−52℃なのでこれを測定する。試料は、薄膜スパッタリング用ターゲット(99.9%、φ15mm×h5mm)にφ6mmの穴を開けたトーラスを用いた。
   ((参考):Lメータの回路(秋月電子のキット)
  * ガドリニウムは低温で強磁性体であるが、テルビウムはT(ネール温度)以下で、反強磁性に分類される らせん磁性を現わし、低温で右上がりの曲線になる。高温領域ではどちらもキュリー・ワイスの法則 χ=C/(T−Tc) or χ=C/(T−T) に近似的に従う。





      * 生命体の存在の許容範囲について:


  20世紀も後半になって、急に脚光を浴びだした希土類元素は、”類い稀な性質を持つ元素”と言ったほうがふさわしい元素群です。そしてこの特性が現わされる原因は、外殻電子に守られた内側の 4f 電子の振る舞いによります。 神様は、このようなすばらしい特性を現わす物質を、世の終わりの直前の時代に私たちに披露してくださいました。


  さて、原子核の陽子と中性子の数が決まると、量子力学によって、そのまわりに”着る”電子が一意的に決まってしまいます。”物質らしい物質”がこのように構成されます。
  ここで、中性子の質量が、現在の値(1.6749×10-24g )と異なる場合を想定して、星による元素生成を考えてみましょう。(参照: * 宇宙と地殻の元素の起源について:下のコラム)

  @ 中性子の質量が0.1%軽い場合: 星における核融合反応が起こるための重力が小さくなり、原子核の生成が、せいぜい”ヘリウム反応”によってできるヘリウムからホウ素あたりまでになり、次の”炭素反応”が起こらず、炭素(C、原子番号6)以降の原子核(C、N、O、F、などすべて)が生成できなくなる
  A 逆に、0.1%重い場合: 核子が重力によって集まると、瞬時に潰れて、星の質量によって中性子星かブラックホールになってしまう。

  他の物理定数の場合も同様で、星が炭素原子核を生成できる許容範囲は、電子の質量では1%以内、核力の”強い力”で2%、”弱い力”で数%であり、重力定数G、光速 c、電磁気的定数(真空の誘電率ε0、真空の透磁率μ0)なども、わずかに違うと炭素原子核ができなくなってしまうことが見積もられています。 したがって、生命体を構成する炭素原子ができないので、生命も存在し得なくなるわけです。(by. 佐藤文隆 京大名誉教授)

  この素粒子の質量や素粒子間に働く力の違いの許容範囲は、原子核が重いほど狭くなり、さらに希土類やアクチノイド(トリウム、ウランなど)のデリケートな電子構造が今のように存在するためにはもっと狭くなります。さらに、有機物の”水素結合”などのもっとデリケートな力によって作られる化合物(たんぱく質、DNAなど)は、非常に狭い許容範囲になることが容易に想像がつきます。


  物理定数や法則がなぜそのようになっているかを議論するのは、もはや科学ではなく”形而上学”の領域ですが、生命体が炭素原子を骨組みとする有機物によって複雑かつ秩序正しく構成されている現実を見ると、「ある偉大な創造主(サムシング・グレート)」という”知的な人格者”が存在して、森羅万象を「設計した」としか言いようがありません。



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